私たちは、自然に優しい生活を応援します。

データ書庫Data Archives

トランヴェール-4月号-- 

明日をつくる底力 
/福島・三春町

町の人々が元気になれたのは
震災後も変わらずに美しく咲く桜の力

薄紅の細やかな花がたわわに枝垂れるさまは、さながら、飛沫(ひまつ)を上げて舞い落ちる滝のよう。日本三大桜の一つ、「滝桜」で知られる三春町は、毎年、30万人以上の観光客でにぎわう。滝桜のみならず、2000本以上のシダレザクラがあり、花咲く頃には町中が1万本もの桜で彩られる。それは、いにしえから桜をこよなく愛する町の民によって守られてきた。
「三春には桜に適した良い土があり、長く生きる木を育んできた。町民もこの土地を愛し、桜に感謝する気持ちを大切にしてきました」と語るのは、「三春さくらの会」元会長の村田春治さん(82歳)だ。
  三春町には、有志が桜を保護する「桜(さくら)守(もり)」の活動が受け継がれている。その一つ「三春さくらの会」は二十数年前に発足し、現在の会員は約500人。町内に多くある樹齢数百年の桜を守るため、枝の刈り込みや老いた幹の保護、草刈りなど周辺の環境整備を手掛ける。
「大雪で荒れても、地震で揺れても、倒れることなく残る桜を育てることが我々の務め。だから、常に見守ってきたのです」と村田さん。村田さんは町の桜の子孫を残すために、苗木の栽培にも努めてきた。
  昨年の東日本大震災。あの日、三春は震度5強の強震に襲われ、余震に怯えながら一夜を明かす。それでも、「桜があぶねぇ……」と気掛かりでならない。翌朝すぐに駆けつけると、樹齢1000年の滝桜は幹も割れることなく、雄々しく立っていた。
  三春町では200棟以上の家屋が全半壊。一時避難した町民もいた。さらに、福島第一原発の事故が追い打ちをかけた。町民に放射能汚染への恐怖がつのる。地元の野菜や原乳が出荷制限され、風評被害にも苦しめられた。
  そんな三春の町に、変わらぬ春を届けてくれたのは満開の桜たち。「震災で倒れた桜は1本もなかった。強い揺れに遭っても、変わらぬ桜の姿を見て、私たちも元気をもらいました」と、三春町総務課の志賀清昭さんはいう。
  長く地道な活動を続けてきた「桜守」あっての三春の桜。その姿勢に感銘を受け、識者の協力を得て有志が町を守ろうと立ち上げたのが、「三春“実生(みしょう)”プロジェクト」だ。「実生」とは、樹木を苗木からではなく、種から育成すること。それが長く生きる桜を育むと伝えられてきた。
「千年後も生き続ける桜を育てる桜守に倣(なら)い、町で責任をもって、子どもたちを末長く見守りたい」と志賀さんは設立の主旨を語る。町では希望する小中学生に線量計を配布し、放射線の被ばく量を長期的に把握する。そうして健やかな成長を守ろうとする大人たちの活動は、三春の桜を守り続けてきた真摯(しんし) な人々の姿と重なって見える。
  この春から地元の中学へ通う安部さん(姉)は、今年も滝桜が咲くのを心待ちにしている。「薄いピンクの花を見ると、とても優しい気持ちになります。去年は震災があって大変だったけれど、長く生きている滝桜を思うと私も力強くありたいと思います 」
  三春の桜は、この町に生きる人たちの誇りでもある。震災から1年、また薄紅に彩られる桜の里を訪れ、新たな春の息吹に包まれてみたい。

■『トランヴェール』2012年4月号掲載
■文/歌代幸子