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三春町の取り組みActivities

NHK総合 証言記録 東日本大震災 

第九回 福島県三春町 ~ヨウ素剤・決断に至る4日間~

非常時に混乱した国や県の指示を 待つことよりも 住民の健康を守ることを優先し、自主的に行動し相談した上で判断し勇気 を持って決断した三春町を紹介    

[掲載]NHK総合(2012年9月30日放送) 映像クリップはこちら

朝日新聞 プロメテウスの罠 

第14部 吹き流しの町「ヨウ素剤を配布せよ」

福島第一原発から放射能の大量放出があった2011年3月15日、原発から45キロ西の福島県三春町では、午後1時から、40歳未満のほぼすべての町民が、甲状腺がんを予防する安定ヨウ素剤を飲んだ。町は福島県にあるといっても原発とは無縁。原発の災害訓練などやったことがない。その三春町が、政府が混乱して明確な指示も出せないでいる15日に、どんぴしゃり、町民を守る決断を下した。原発と無縁の町の勇気ある決断、その背景を探った。     

[掲載]朝日新聞(2012年7月7日~27日)

証言記録 東日本大震災

福島県三春町~ヨウ素剤・決断に至る4日間~

放送日時: 2012年9月30日(日)午前10時05分~10時53分

  

東京電力福島第一原発から西に50kmに位置する福島県三春町。原子力災害とは無縁だったこの町で、震災4日後の3月15日、安定ヨウ素剤が住民に配られ服用が促された。この薬は放射性ヨウ素から体を守る効果を持つ重要な薬であったが、服用には国もしくは県の指示が必要とされていた。情報が錯そうする中、三春町の職員たちは独自に調査を行い、独自の判断で服用の指示を決意する。その葛藤から決断にいたる4日間の証言を伝える。

あの日 わたしは~証言記録 

 東日本大震災~「福島県三春町 佐久間寛さん」 
放送日時:2012年11月29日(木) 午前10:50~午前10:55(5分) 
番組HP: http://www.nhk.or.jp/ashita/anohi/
(番組内容)
三春町に住む佐久間さんは、地震発生と同時に放射線検知器で独自に放射線の計測を開始し、計測を続けた。佐久間さんは町に数値を伝え、町は住民に注意を促す放送を流した。
(詳細)
東日本大震災に遭遇した方々の「あの日」の証言。福島県三春町に住む佐久間寛さんは、地震発生と同時に、チェルノブイリ事故をきっかけに購入した放射線検知器で独自に放射線の計測を開始し、放射線被ばくの恐怖の中、計測を続けた。佐久間さんは町の災害対策本部に数値を伝え、町は防災無線で住民に注意喚起の放送を流した。

ETV特集 

「原発災害の地にて~対談 玄侑宗久・吉岡忍  


放送日時 2011年4月3日(日)22:00~22:59 NHK教育テレビ

原発から45キロの町のお寺の住職で芥川賞作家の玄侑さんが、政府の情報公開のあり方を鋭く批判し、ノンフィクション作家の吉岡さんは高濃度の放射能汚染地帯を歩いてさまよえる難民や動物たちを見つめる・・現地取材の生生しさに、作家ならではの深い洞察が加わった身応えある作品に仕上がっています。ぜひ、ご覧ください

大地震が襲った福島第一原発をめぐり、地元では何が起きているのか。二人の作家が現地で対談する。
福島県三春町在住の芥川賞作家・玄侑宗久(げんゆうそうきゅう)さんは、事故発生以来、住職を務める福聚寺を守りながら放射線に翻弄される地元の人々の暮らしを見つめている。第一原発から45キロに位置する三春町は、避難地域に指定された20キロ圏内に住む人々の避難先となり、受け入れ限度をはるかに超える1000人以上が避難して来ている。津波により家族を亡くした人々の葬儀も出来ない状況となり、政府による野菜や牛乳の出荷停止措置に、このまま故郷が失われてしまうのではないかと懸念している。
ノンフィクション作家の吉岡忍さんは、地震発生後に三陸海岸に入りさんたんたる状況を取材してきた。吉岡氏にとっても大地震と原発事故の複合災害は取材経験のない未知の事態である。三陸から福島に移動してみると、被災地の様子が全く違うことに気づいた。30キロ圏外でありながら高い放射線量を記録するホットスポットで、自主避難の指示が出てもなお家を出ることがかなわない高齢者や、毎日自分で放射線量を計測しながら留まっている夫婦。原発や放射能に関する情報の不足に、福島の人たちはまだまだ未来を考えることが出来ないと痛感している。
見えない放射能に怯える現地に生きる玄侑宗久さん。阪神大震災はじめ多くの災害下で人々の営みをみつめてきた吉岡忍さん。福聚寺での二人の対談を軸に、今何が求められているのか、これからどう生きて行くのか、問題の核心に迫る。